日本だけではなく、タワーディフェンスゲームは数多く制作されている。
手軽に作りやすい上に、ルールを理解しやすいのが大きいのでしょう。
いわばトランプを用いたカードゲームのようなものですからね。
「ここを守ってください。敵に何人まで突破されたら負けです」
実にシンプル。
ルールが複雑でないというのは、とっつきやすさという点で非常に大切です。
やってみたらどんなに面白くても、面白さを理解するまでのタームが長いと、途中で離脱されちゃいますからね。
前置きが長くなりましたが、いよいよアークナイツの話をさせていただきます。
このゲームの魅力は、そうした数多く出ているタワーディフェンスゲームの中でも、とりわけ差別化と個性の付与に成功している点にあります。
では、どのように達成しているのか。
鍵は豊かなキャラ性。美麗なイラスト。作り込まれた世界観。
「鉱石病(オリパシー)」という致死率100%の架空の病、恐るべき災厄から逃れるために自ら移動する都市。
さながら本格SFのような重厚さと、獣の耳がついた多数の種族が暮らすファンタジーな空間。
調理するのが困難な材料を、見事に美味へと仕上げているのです。
開発は中国のHypergryph。
配信と運営を行うのは、『アズールレーン』も担当するYostar。
中国版の名称もまた美麗な『明日方舟』。
この方舟はどのような魅力にあふれているのか、それを紐解いていきましょう。
圧倒的な世界観で彩られたタワーディフェンス
世界でのダウンロード数が4000万を突破し、まさしく破竹の勢いで人気作品へと駆け上がったアークナイツ。
中国本土でのリリースは2019年4月29日。その後の日本版のリリースは2020年1月16日。
日本版だけでもすでに200万ダウンロードを突破したことが発表されていて、驚きの人気です。
今や時代はチャイナドリームと言えるでしょう。
中国のスマホゲームアプリの成長はめざましく、その技術レベル、内容の質は猛烈に進化し続けています。
きっと、高度成長時代の日本の白物家電や自動車産業も、こういう昇龍の勢いだったんだろうなと痛感。
アメリカやヨーロッパ諸国から見れば、驚異的な伸びっぷりだったでしょうね。
その再現どころか、豊富な資金とマンパワーを活かし、とてつもないスピードで成長している。
もちろん、バブル崩壊のリスクや政治的不安定の危うさはあります。
しかしながら、少なくとも、中国の娯楽産業は「走り続ける」「昇り続ける」……そんな時期に来ていますね。
アークナイツはそうした中国発ゲームの象徴のひとつとさえ言えるでしょう。
これまでは荒野行動のように「PUBGそのものじゃないか」と批判を受けることが多かった中国製ゲームに、とうとう文句のつけようのないオリジナリティを付加してきました。
4000万ダウンロードはそうした努力の結晶への正当な評価と考えるべきです。
その背後にあるのは、アークナイツが話題の中国SF『三体』にも負けないがっしりとした世界観を構築している点。
鉱石病(オリパシー)については先に述べた通り。
そんな鉱石病患者に居場所を提供するとともに、治療法を研究するのが製薬会社ロドス・アイランド。
プレイヤーはそのロドスにとっての重要人物らしい、というところから始まります。
そう、このゲーム、メインシナリオがいきなり誰かの救出作戦から始まり、その救出対象が自分なのです。
アーミヤというウサギ耳の少女から「ドクター」と呼ばれたプレイヤーは、否応なしに部隊の指揮をとる。生き残るために。
「謎の提示」という手法は、創作における基本原則です。
例えば小説においても、推理小説、ミステリー小説に限らず、「これはどういうことなのだろう?」という謎を最初に持ってくることで、読者の興味を引く。
このゲームにおいても、まず自分が何者かわからない。記憶喪失らしい。どうやら助けに来てもらったようだ。
ロドス・アイランドという組織で重要な役割を果たしていたらしい。
アーミヤを始めとして、ロドスのメンバーは誰もが自分を知っているようだ。
そこに、レユニオン・ムーブメントという過激派組織が攻撃を仕掛けてきた。
ロドスもレユニオンも、ともに鉱石病にまつわる重要な組織にも関わらず、考え方の決定的な違いから戦闘は避けられない……。
謎が提示されるとともに、今の状況も自然にわかる作り。
それが決して説明っぽさがなく、同時に急迫性を伴って展開されるわけです。
プレイヤーはたちまちアークナイツの世界に引きずり込まれ、戦いを勝利に導くことになる。
しかも、自分がいる街、チェルノボーグはまさに天災に襲われようとしている。
タイミリミットが迫るアクション映画のような筋書きが、またたく間に展開されていきます。
そこにはもう、「ピコピコゲー」と揶揄されたソーシャルゲームの面影はありません。
自分の時間を割いてでも触れたい、輝ける世界がある。
老若男女を魅了した豊かなフロンティアが、そこには広がっているのです。
美麗なキャラクターたちを操り、戦略を練る楽しみ
アークナイツが優秀なのは世界観の作り込みだけではありません。
タワーディフェンスゲームとしても、他にはない独自のシステムを有しています。
それが、「向き」の概念です。
一般的なタワーディフェンスは概ねキャラクターが自在に動き回るマップで、攻撃範囲は円形かそれに近い形に設定されています。
ところが、アークナイツはファミコンやMSXの時代の香り漂うマス制でHEX制のマップを導入。
そこに配置するキャラクターに戦う方向を指定させることで、攻撃できる範囲を限定させています。
結果として、「ここにこの強いキャラを置いておけば勝てる」「少なくとも戦いは楽になる」といった戦略が通用しづらくなるとともに、戦略性は劇的に増大しました。
裏を返せば、どのようなキャラも活かし方次第でエースになれる資格が生まれやすくなったのです。
事実、アークナイツには特殊な挙動をするキャラクターが多数含まれています。
例を挙げると、女の子の超早口な消防士キャラなのですが、彼女は敵をある距離だけ吹き飛ばすことが可能です。
ステージによっては落ちるとその時点で戦闘不能の穴マスが存在し、彼女の水流の一撃によって、そこへ「確定一撃死」を叩き込むことが可能になるわけです。
ですが、その射程範囲は短く、かつ前のマスにしか撃つことはできません。
撤退しての再配置は可能ですが、時間が掛かります。なので、ちゃんと方向を考えて配置して、適切に特性を生かしてやる必要があるわけです。
一方、このマップで吹き飛ばしたい敵は確かに頑丈なのですが、決して正攻法で倒せないわけではありません。
盾役で足止めをしながら、集中攻撃で削り倒してもよし。
より攻撃力の高いメンバーを揃えて、一気呵成に打ち倒してもよし。
いずれにしても、「えっ、そんな敵が出てくるの?」という展開に驚かされて、敗北してしまうことはあるでしょう。
しかし、ご心配なく。このゲームはまたタワーディフェンスの常として、「負けて覚える」性質も備えています。
負けたとしてもスタミナにあたる「理性」を消費するだけなので、反省を生かして編成をと戦略を見直し、再挑戦すればいいんです。
このように、様々なキャラを使って、自由に戦略戦術を考えられるわけですね。
これはソーシャルゲームのマネタイズを考えると非常に重要で、「キャラを育てる理由」「キャラを集める理由」につながるわけです。
また、スタミナが「理性」という表記で管理されているのもポイントです。
先述の通りに、プレイヤーであるドクターは記憶喪失の身。
そんなドクターは理性がなくなると行動できなくなるらしい。
これ、面白いと思いませんか?
いったい理性を喪失すると動けない、あるいは「動くべきではない」存在とは、どういうことなのでしょうね。
そんな無限の戦い方と設定の深みがあることから、「アークナイツ考察班」がネットの各所には存在しています。
ゲームを作る側としては、最大の誉れですね。
シリアスかと思いきや、コメディ面も見せるイベントシナリオ
設定を聞いていると、どうにも暗いゲームなのではないか。
死の影が常に付きまとっているように感じる。
そんな危惧を抱かれたかもしれません。
おっしゃる通り。まさしくシナリオはシリアスそのもので、その質は非常に高い。
中国のゲームではありますが、日本に精通したYostarがローカライズも手配しているので、日本語も全く不自然ではありません。
しかし、まるでダークな印象を与えない。
それがアークナイツのすごいところのひとつでもあります。
これはおそらく開発陣が意図してやっている「上手さ」でしょう。
まず、メインとして活用するメニュー画面は白を貴重としていて、非常に明るいです。
そこには自分が設定している秘書的な役割のキャラがいて、様々なコメントをしてくれます。
彼女たち、また彼たちは豊かな人格を持っていて、とても不治の病に冒されているとは思えません。
登場するキャラを獲得し、様々な条件を満たすことで、パーソナルファイルが解放されていきます。
そうしたプロフィールから見受けられるのは、「キャラクターたちはあの世界で生きているんだ」という実感。
オペレーターたちそれぞれの人間関係も垣間見えて、やればやるほど楽しくなってきます。
さらに、イベントシナリオはシリアス一辺倒ではなく、コメディタッチなものまで盛りだくさん。
メインのほうで峻厳かつ気難しそうなキャラとして登場した美少女が、水着イベントでは浜辺のライブでアゲアゲYOYOになっていたりという……。
このあたりは「ユーザーを疲れさせない緩急」を熟知していると言えるでしょう。
さあ、アークナイツの世界を楽しもう
ユーザーとゲームの関係というのは非常に際どいもので、その立ち位置は永遠のテーマと言えます。
とりわけ課金システムが導入された昨今では、メーカーはより神経質になってその立場を模索していると判断できるでしょう。
そこに登場したアークナイツは、精緻に積み上げられた世界観によって、諸問題をクリアしている。
このように断言していいでしょう。
プレイヤーが所属するロドス・アイランドは製薬企業であり、同時に戦うためのオペレーターを必要としています。
無課金で行える平常の「求人」とは他に、お金を使えば「ヘッドハンティング」を行うことができる。
さながら「ゲームに課金する」というより、「別世界における生活で予算を管理する」という気持ちにさせられるのです。
そうなると、他にも課金ポイントはあるわけですが、いずれも「経済活動の一種」として自分の中で腑に落ちる。
この納得という作業は大変に重要です。
お金を使う行為は人間にとって非常にハードルが高いため、その財布の紐を緩めるためには強い動機が必要になります。
アークナイツは、それを自らの世界に招き入れることでクリアしました。
そしてまた、プレイヤーは進んで「生活の一部」としての出費を受容する。
なんと前向きで気持ちのいい消費活動でしょうか。
ここで最後に述べておきますと、アークナイツのすばらしいところは、無課金でも充分に遊べるということです。
先に述べた通り、求人活動は無料。
運が良ければ最高レアが来てくれる「求人条件」も出現します。
この求人条件を即座に変換するための施設を建築することも可能。
プレイすればするほど、無課金でも戦える土壌が整っていくわけです。
それに、本部でデフォルメされたちびキャラたちを見て、彼女たちとハイタッチするだけでも癒やされます。
豊かなキャラクターの内面が投影されていて、ちょっとした小さな箱庭で、愛らしいペットを飼っている気分。
その世界の種族として、獣の耳やツノを持っていたりするのは、もしかしたらそういう効果を狙っているのかもしれませんね。
ソーシャルゲームの枠にとどまらず、ゲーム全体の歴史に残る名作。
アークナイツはそう言って然るべき傑作である。
このように、強い言葉でおすすめさせていただきます。